Translation slamを視聴しました

“Translation slam”という言葉、聞いたことがありますか?

スラムと言ってもslumではなくslam、翻訳者の対決バトルで、”translation duel”と呼ばれることもあります。2人の翻訳者が同じ原文をイベント前に翻訳し、当日は2つの翻訳を並べて、それぞれの翻訳者がなぜこう訳したのかを説明する、という趣向です。数年前から耳にするようになった企画ですが、今回初めて視聴者として参加する機会がありました。

私が所属する英国翻訳通訳協会(ITI)が12月11日にChristmas Hamperと題する終日勉強会を開催したのですが、そのプログラムのひとつが仏英翻訳対決で、フランス語ができなくても楽しめるとのことだったので参加したのですが、予想外の面白さでした。

お題はこちら(前半のみ)。

AUTOMNE : NOS SOLUTIONS FACE AUX PROBLÈMES D’ADHÉRENCE
https://www.sncf.com/fr/itineraire-reservation/informations-trafic/reportages/feuilles-automne-solution-problemes-adherence

フランス国鉄SNCFが、秋に線路上に積もった落ち葉のせいで車輪が滑ってしまう問題にどう対処しているのかを説明するページです。対決したのは文芸翻訳者のRos Schwartzさんと実務翻訳者のMartin Hemmingsさん。いずれも仏英翻訳のベテランです。8月のJITF2020でも登壇していたChris Durbanさんが司会進行役を務め、パラグラフごとに2人の翻訳を並べて、翻訳アプローチや訳語選択などについてそれぞれの説明を聞きました。

2人に共通していたのは、英国人の鉄道利用者を読者として想定し、英国の鉄道会社ならこう書くだろうというスタイルを採用していたこと。フランス語にはお役所的な硬い文とタメ口のようなカジュアルな文の中間に当たるスタイルがないそうで、企業のコミュニケーションはかなり硬い文になりますが、英国では企業がユーザーに語りかける時には比較的カジュアル感のある柔らかい文体を採用することが多いので、2人とも省略形を使うなど意識して柔らかい表現にしたとのことでした。訳文を音読してひっかかるところを直していくという作業手順も共通点。マーティンさんの場合は訳出の際にも音声入力ソフトを使っているとのことでした。2人とも原文に忠実に訳すことにはこだわらず、英国人が読んだ時に違和感を感じない訳文になるよう心がけて仕上げていました。特にマーティンさんは文の構成まで含めて大胆に改変していたのが印象的で、結果的に2人の訳は、どのパラグラフを見ても大きく違っていました。

参加者からは「原文に忠実に訳さないと苦情が出ないか?」との質問がありましたが、2人とも基本的に直取引の仕事をしていて、自分のアプローチを理解し評価してくれるクライアントと仕事をしており、原文から離れる時にはクライアントに意図を説明して納得してもらっているとのこと。翻訳会社経由ではやはり難しいと思う、という話でした。

Translation slamはもちろん翻訳者が見ても勉強になるし刺激的で面白いのですが、業界外の一般参加者に公開したら楽しんでもらえるのではと思いました。翻訳という作業がどんなプロセスで翻訳者がどうやって訳語を選んでいるのか、翻訳者の頭の中を見てもらうことで、人力翻訳の奥の深さについて知ってもらえるのではないでしょうか。日本人翻訳者による英日翻訳バトルもどこかで実現したらいいですね。

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