翻訳の「校閲」案件、受けていますか?

他の翻訳者による翻訳を原文と照らし合わせてチェックする作業を、翻訳会社から依頼されることがよくあります。

この作業、英国の翻訳エージェンシーの場合は「proofreadingをお願いします」という表現になっていることが多いのですが、「review」や「QA」としている会社もあります。日本の会社からの依頼でも「校閲」「校正」「チェック」など、会社によってまちまちです。

ところが実は、2015年に施行された翻訳サービスの国際規格ISO 17100や、その下敷きとなった2006年の欧州規格EN 15038(※ISO 17100導入に伴い廃止された)では、翻訳の後作業に関する用語が以下のように厳密に定義されているのです。

  • Checking :翻訳を担当した翻訳者が、納品前に訳文にミスがないか確認すること
  • Revision :原文と訳文を比較して、正確で用途に適した訳文になっているかを確認すること
  • Review :訳文を読んで、用途に適した内容になっているかを確認すること
  • Proofreading :訳文を納品用のフォーマットに加工した最終成果物を見て、誤字脱字や体裁の不備などを確認すること

最初のcheckingは翻訳担当者による作業の一部で、残る3つが別担当者による作業になりますが、この3つのうち原文との比較を行うのはrevisionだけで、reviewやproofreadingは訳文だけを確認する作業になっていることがポイントです。つまり、翻訳会社が私に依頼している作業は、reviewでもproofreadingでもなく、revisionなんですね。この表現を使った依頼を受けたことがないのが不思議です。

ISO 17100は和訳版が既に出ていますが、用語の混乱がないようにとの配慮から「校正」「校閲」といった表現は避け、以下の表現を採用しているとのことです。

  • Checking :セルフチェック
  • Revision :バイリンガルチェック
  • Review :モノリンガルチェック
  • Proofreading :プルーフリード

ISO 17100が普及するにつれて翻訳会社もISO 17100に従った表現を採用するように変わっていくのではないかと思います(とは言え、10年も前に導入された欧州規格の用語がいまだに欧州で定着していないという謎の先例もあるのですが…)。

前置きが長くなりましたが、翻訳者のコミュニティでは、このバイリンガルチェック案件を引き受けているか、引き受けるべきかどうかという話題が時々出てきます。

ベテランのネイティブ和英翻訳者や欧州言語の翻訳者の中には、バイリンガルチェック案件は「レベルの低い翻訳者に安い単価で翻訳させ、優秀な翻訳者に安い単価で修正させることでコストを抑えようと目論む翻訳会社のあくどい手段」だから一切拒否、と宣言している方も少なからずいます。実際、翻訳会社側が提示するチェックの希望単価を見ると、よほど素晴らしい訳文でなければ割が合わない額であるケースもあります。

実際、英国の翻訳エージェンシーの中にはバイリンガルチェックしか依頼してこない会社もあって、おそらくコスト抑制のため私より単価の安い翻訳者に翻訳を頼んでいるんだろうと推測しているのですが、それでもバイリンガルチェック案件の拒否はしていません。コスト抑制策だろうとなんだろうと、訳文をソースクライアントに納品する前に第三者が原文と比較チェックするプロセスは必須だし、このプロセスは翻訳能力の高い者がすべき作業だと思うからです。

ISO 17100では(EN 15038も同じ)、認証を受けるためにはすべての翻訳成果物にバイリンガルチェックを実施することを義務付けています。さらに、翻訳とバイリンガルチェックの両方について担当者の資格要件を規定しているのですが、注目すべきはバイリンガルチェック担当者も翻訳者と同等の資格と経験を要求している点です。つまり、「まだ翻訳を頼めるレベルに達していない翻訳志望者に、まずはチェッカーとして仕事をさせ勉強してもらう」というビジネスモデルはアウト、ということです。考えてみれば、翻訳者の提出した訳文の質を判断するにはその翻訳者と同等以上の能力がなければ務まらないのは当然ですよね。なので、曲がりなりにもずっとこの業界で働いてきた人間として、一定の義務感を持ってバイリンガルチェック案件を受けています。

その際に私がこだわっているのは単価条件です。翻訳の品質担保のためには、バイリンガルチェックを引き受けることで翻訳者が損をしない仕組みを確保することが重要だと思います。そのため、私は必ず「チェックの実作業時間に対して時給で支払うこと」を条件にしています。その際に提示する時給は、翻訳単価を時給に換算した額(※)と同額。つまり、最終的に請求する料金は訳文の質次第であり、もし訳文がひどすぎて一から訳すのと同じくらい時間がかかってしまった場合、一から訳すのと同じ料金をチャージするわけです。

※翻訳料金の時給換算については、「あなたの時給はいくらですか?」を参照してください。またテリー斎藤さんのブログに日本でのアンケート結果が掲載されています。

翻訳会社によってはバイリンガルチェックにもワード単価・文字単価を要求してくるところがかなりありますが、ワード単価ベースでは、チェック拒否派の方達が言う通り、なるべく安い翻訳者から粗悪な訳文を買ってベテランに直させる方が得になり、業界のブラック化を促進してしまいます。なので、ワード単価・文字単価でのバイリンガルチェック案件は問答無用で拒否しています。また、時給でも「最高◯時間まで払う」という条件を課してくるところがありますが、それも同じ理由から拒否。

Facebookのプロ翻訳者限定グループThe League of Extraordinary Translatorsで、独英翻訳者のRose Newell さんがバイリンガルチェックの単価についてアンケートを取ったことがあるのですが、下のような結果になりました。やはり実作業時間に基づき時給でチャージするという回答がトップでした(下図)。欧州のエージェンシーでは、翻訳者登録フォームの料金記入欄でバイリンガルチェックに時給を選択できるようにしているところも増えてきており、「バイリンガルチェックは時給」が定着しつつあることが伺えますが、日本ではどうでしょうか。

 

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