あらためて東北観光博誤訳騒動について考えてみた(2)

東北博騒動について私が思ったこと、前回は自動機械翻訳を使うという発想の根本的な問題について書きました。今回は、ではどうすべきだったのか?について考えます。

東北観光博のウェブサイト制作に関わった東北観光博IT統括マネジメントチーム参加団体・企業のリストが観光庁サイトにありますが、もし私がサイト多言語化の担当としてこのチームに加わっていたらどうしたか?

全サイトを翻訳するのではなく、外国人観光客誘致に特化した別コンテンツの作成を提案します。内容は前回書いた「外国人が探す情報リスト」に挙げたものになります。サイト全体を訳すのに比べ、ボリュームは大幅に減ります。また、情報源についての情報があれば個別情報まではいらないと割り切って、英語(や韓国語・中国語)の通じる観光施設や宿、食事処の情報ははしょってしまい、「英語の通じる観光案内所で聞いてね」ということにしてしまえば、翻訳に出す量はさらに減りますね。これなら1万字切るんじゃないでしょうか。簡潔を心がけて原稿を整理したら5000字くらいでも大丈夫かも?

1万字でも翻訳に出すとけっこうな額になる?5000字でもまだ高い?そういえば今回の事件では、(自動機械)翻訳を担当したクロスランゲージ社は震災復興支援のため、無償でシステムを提供したのでした。いくら翻訳代を切り詰めても無料には勝てない。

だったら、1万字の翻訳の方も震災復興支援のボランティアを募るというのはどうでしょう。ただし、対象はプロの和英翻訳者。例えば翻訳者団体であるJATを通じてボランティアを10人集め、1000字ずつ担当してもらう。これなら翻訳者にとっても大きな負担ではないし、震災復興支援とあれば力を貸したいという人はたくさんいるでしょう。あるいは、ボランティアには東北観光博特典を用意するという手もあります。サイト制作チームに名を連ねている旅行会社が東北旅行割引クーポンを提供するとか、東北パスポートでスタンプを集めると貰えるというプレゼントを翻訳ボランティアにはもれなく進呈します、とか。

だけど別コンテンツの原稿を誰かが書かなきゃいけないからそのコストがかかる、というのが問題になる可能性はあります。そこまでケチるなら多言語化は最初からあきらめた方がいいんじゃないかという気もしますが、ここであきらめるのも悔しい。では代案ですが、別コンテンツについては出来合いの情報を活用するという方法が考えられます。例えば、こんなサイトが既に存在しています。

Tohoku Travel Guide – japan-guide.com

英語マップに英語の見どころ案内。レストラン検索機能や観光ツアーへのリンクもついていて、それぞれぐるなびとJTBの英語ページに飛びます。 飛んだ先のぐるなびサイトでは検索フィルターとして「英語メニュー」や「英語が話せるスタッフ」というのが用意されているし、JTBサイトでは外国語サポートのある宿が検索できます。英語だけじゃなく韓国語、中国語もサポートしてるし、ここに飛ぶリンクを入れるだけで充分じゃん。

民間サイトにリンクするのはどうも…ということなら、こちらはどうでしょう。

Japan: the Official Guide – Japan National Tourism Organization

JNTO/国際観光振興機構(通称・日本政府観光局)は観光庁所管の独立行政法人で、海外観光客へのPRがその仕事。現在は県ごとに情報を表示できるようになっていますが、東北観光博特集ページを設けてトップページにバナーを置いてもらうよう観光庁から要請すればいいですよね。外国人向けコンテンツ作成や翻訳もここの本業ですから全部おまかせで、ロゴなどのビジュアルだけ渡せばおしまい。

基本情報はそれでカバーできるとしても、東北観光博の売りである「現地から新鮮な情報を発信」という主旨を外国語版には反映できないというのは不公平じゃないか?そうですね。では、現地からの新鮮情報に関しては、タグを使って対応します。現在東北観光博サイトに掲載されている情報には、それぞれ「観る」「遊ぶ」「買う」「体験」等のタグがついていますが、ここに例えば「英語OK」というタグを加えるのです。そうすれば「英語OK」タグのついている情報だけを集めたセクションを生成することができるので、そこに上がってくる情報だけを翻訳に出します。量は大したことないでしょうから、前述のプロ翻訳者のボランティアチームで充分対応できるでしょう。

 

以上、いろいろ思いつきを並べてみましたが、要するに言いたいのは、サイトを作る段階から外国人ユーザーの視点を組み込んでおけば、「サイト全コンテンツ外国語化」→「人手だとコストがかかるから機械翻訳」という短絡思考ではなく、外国人ユーザーが使いやすいサイトを安上がりに作る方法はいろいろ考えられるのだ、ということです。

翻訳というと、発注側が「この文書の翻訳が必要」と提示し、翻訳会社や個人翻訳者が「うちではこの価格でできます」と回答し、発注側がその中からひとつを選んで発注し、受注側が受け取った文書を翻訳して納入する、というのが標準的なプロセスですが、それでいいのでしょうか?これは例えばコンピューターやテレビを買いたいお客が数ある製品の中から予算や求める仕様に合わせてひとつ選んで買う、というのと同じプロセスですが、お客の方で製品の違いがよくわからなければ、選択基準はどうしても価格かブランドの知名度・評判になってしまうわけで、不況でみんな懐具合が寂しい昨今、「じゃあいちばん安いのを」に落ち着いてしまうのは必然です。

でも今回の東北観光博サイト翻訳のようなケースでは、発注側はユーザーではなく外国語の素人。ユーザーにとって何が必要なのかを外国人ユーザーの視点から吟味し、コスト効率の高い翻訳アプローチを見つけることができるのは、外国語のプロである翻訳者の方ですよね。この場合、「何を翻訳するか」を決める段階から翻訳者が関与する、提案型のプロセスが必要なのだと思うのです。そして、それを実現するためには翻訳者側が発注側に働きかけていかなくてはならないのではないかと思います。

個人翻訳者の立場からできることは微々たるものかもしれませんが、翻訳業界としてこれから模索していくべき道ではないでしょうか?

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