あらためて東北観光博誤訳騒動について考えてみた(1)

2012年ももうすぐおしまいですね。

今年は私にとって「翻訳で失敗しないために〜翻訳発注の手引き」の製作プロジェクトがいちばん大きな仕事でした。

前にも書きましたが、このプロジェクトのきっかけになったのは4月の東北観光博ウェブサイト誤訳問題。この件が炎上した当初には、Togetterでツイートをまとめながらブログにこの件を書こうと思っていたのですが、代わりにプロジェクトの方が動き出して忙しくなり、結局事件について書く機会を失ってしまいました。その時は、他の翻訳者の方々(@baldhatterさん とか @terrysaitoさんとか)がすでにいろいろ書いているからもういいやと思っていたのですが、冊子が無事完成して一息ついたことだし、翻訳ブログも立ち上がったことだし、年の終わりにいろいろ振り返る時期でもあることだし、せっかくなので、東北博騒動について私が思ったことをあらためてここに書いておこうかと思います。

事件の顛末については以下を参照してください。

観光客誘致を目的とする政府観光庁の情報発信サイトに自動機械翻訳を採用するという、翻訳業界・国際観光業界の常識から考えればあり得ないことが起き、明らかに品質の確認のないまま公開してしまった、というのがこの騒動の顛末で、発注側・受注側双方の問題がすでにいろいろ指摘されています。

が、事件の経過やそれに関する一連のやりとりを見て私が何よりも強く感じたのは、ユーザーの視点の欠落でした。説明します。

 

東北博サイトのページトップにあるEnglishというボタンをクリックすると、まず英文の断り書きページが表示されます。

(※東北博が終了し、残念ながらリンクしていたページが消えてしまいました。魚拓をとっておくんだった…)

正直何が言いたいんだか要点を得ない文ですが、どうやら「言語というものは複雑なので機械翻訳には限界があるけれど、一方で機械翻訳は大量の情報を瞬時に処理できるのが長所。東北博サイトは現地から新鮮な情報を発信するという趣旨のサイトで、内容がどんどん更新されるため、自動機械翻訳を使って処理してます原文と意味が違っていたり意味不明の訳文もあるけど、そういうことなので我慢してね。改善すべきところがあれば連絡を!」ということのようです(ちなみにリンクされている改善指摘用フォームは日本語)。英語コンテンツに入る前にまずこの断り書きを読んでおけ、というわけですね。

でもこの断り書き、ユーザーの目から見ると大きな問題があります。上記の赤字の部分です。

  1. 正確さを保証できない(信頼できない)情報を出すことに意味があるんですか?
  2. どんどん発信される新鮮な現地情報は、外国人にとって必要、あるいは役に立つ情報なんですか?

このサイトで使われている自動翻訳システムでは、日本語で書かれているコンテンツのすべてを(正確さは保証できないが)翻訳します。でも、日本語コンテンツ原文は、東北の日本人が全国の日本人に向けて書いた情報です。つまり、相手が日本のことよく知っていて、東北についてもある程度の知識があり、現地で提供される日本語のサービスを不自由なく利用できることを前提にして書かれた情報です。一方、機械翻訳されたサイトでは、英文ページをいくら読んでも、外国人向けに書かれた情報はまったく含まれていません。ここが問題。

日本語の読めない外国人が観光案内サイトの英語(あるいは中国語・韓国語)ページを読むときに探している情報は、日本人が探している情報とはかなり違うのです。例えば、

  • 東北ってのは日本のどこにあるの?どういうところなの?気候は?
  • 東北って去年の大地震と津波の被害を受けたところだって聞いたけど、そんなところで観光できるの?
  • フクシマって東北にあるそうだけど、そんなところで観光できるの?
  • 成田空港からはどうやって行くの?ジャパンレールパスが使える路線・使えない路線は?
  • 海外からの観光客におすすめの見どころは?
  • 英語のガイドがいる、あるいは英語の表示が完備している観光施設は?
  • 英語の話せる人がいる観光案内所はある?英語の市内マップや交通機関の路線図はある?
  • 宿では英語が通じる?英語OKの宿のリストはある?あるいは英語で宿を予約できるようなサービスはある?
  • 英語のメニューがある食事処は?

こうした情報は、日本語版コンテンツには含まれていません。日本人にとっては常識だったり関係なかったりするからです。でも日本語コンテンツに含まれていない情報だから、自動機械翻訳された英語コンテンツにも登場しないのです。つまり、せっかく英語のページが用意されていても、肝心の基本情報はそこではまったくカバーされていないという根本的な問題があるのです。

試しに上のリストのうち「どうやって行くの?」という情報を、誤訳修正後に再開された英語ページで探してみます。”Traffic Access”(交通アクセス。英語ヘンだけど)というメニューがあるので開いてみると…

交通アクセスページの機械自動翻訳

日本語のままです。画像を貼り付けたコンテンツなので翻訳されないのです。では”Tohoku Map”というタブをクリックすると?

東北アクセス地図の機械自動翻訳

地図も画像貼り付けコンテンツなので日本語のまま。”Access in Zones”というタブを選ぶと28あるゾーンの中の交通機関リストに辿り着くのですが、例えばこんな感じ。

観光バス「ぐるりんしもきた」の機械自動翻訳

地元出身のガイドさんが案内してくれる観光バスのようですが、例えば「英語のできるガイドさんが添乗するコースはあるのか?」とか「写真見るとJRが運行しているようだけど、ジャパンレールパスは使えるのか?」といった情報はもちろんありません。写真の右にある説明文の英訳は意味不明(誤訳修正済みのはずなんですが)。下にリンクがあるので見てみると、リンク先は日本語情報しかないサイト。つくづく痒いところに手が届かない英語ページです。

いや、せっかく日本語コンテンツがこれだけ充実しているのだから、その内容を知りたいという人だっているかもしれないじゃないか、という反論もあるかもしれません。でも、そういう人のためにわざわざサイト内で機械翻訳を提供する必要はありません。Google翻訳などの無料サービスを利用すればすむことだからです。実際、上の「ぐるりんしもきた」のページにしても、日本語のページをGoogle翻訳に放り込んだ方が、まだましな説明文が出てきます。

つまり、「東北現地から新鮮な情報を発信する」というこのサイト、せっかく英語コンテンツが用意されていても、その中身はと言えば、使えない情報がなんちゃって英語で提供されているだけ。ノイズの海の中を一生懸命探しても必要な情報は出てこない、という代物になっているのです。

どこで間違ったのでしょうか?

続く

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