【連載 第13回(最終回)】ライフスタイルを見直す
連載最終回の今回も、前回に続いて「体の使い方」という視点から日常生活全体でのRSI対策について考えたいと思います。
もちろんRSIは仕事で長時間コンピューターを使用することが原因で起きる問題であり、労災補償の対象になる傷病として厚生労働省の職業病リストにも掲載されています。しかし、仕事していない時の余暇の時間をどのように過ごしているかも、RSIの症状に大きな影響を与えます。例えば、以下の質問について考えてみてください。
- 仕事以外にもコンピューターを使っていますか?
- 携帯電話・スマートフォンやタブレットを多用していますか?
- 趣味は何ですか?
- 日常的に体を動かしていますか?
- ストレスを感じていますか?
仕事以外にもコンピューターを使っていますか?
携帯電話・スマートフォンやタブレットを多用していますか?
言うまでもないことですが、コンピューターの使用時間について考えるときは、仕事だけではなくプライベートで使っている時間も含める必要があります。また、携帯電話やスマートフォン、タブレット、ゲーム専用機などの使い過ぎでRSIを発症するケースも多いです。ゲームやSNSなど楽しみでやっていることでも、体への負荷は仕事でのコンピューター使用と変わりません。
また翻訳者志望の人の場合、夜や休日に副業として翻訳の仕事を請け負ったり、翻訳学校の課題に取り組んだりしていることも多いと思います。これら全てを合わせて総合的に「日頃どのくらい手を酷使しているのか」を見直し、筋肉疲労が蓄積しないよう時間を管理することが大切です。
趣味は何ですか?
右のプロフィール欄に書いてあるように、私の趣味はサルサダンスとガーデニングで、どちらも私にとってストレス発散に欠かせません。サルサダンスは、気軽に体を動かし汗をかくことができる趣味で、良い有酸素運動になるほか、腕全体を動かす動作が多いので腕や肩の緊張をほぐすにも効果的。私のRSI対策の一部になっています。
一方ガーデニングは、すくすくと育つ植物の世話をしていると精神的に癒されるのが魅力ですが、雑草取りや剪定、芝刈りなど意外と手に負担がかかる作業が多く、リスクと隣合わせの趣味です。ガーデニング作業の多くはタイミングが重要なので、後回しにできないから一気に片付けようと思いがち。雨が降り出す前に、日が暮れるまでに終わらせなければと、つい無理をしてRSI症状を悪化させてしまった苦い経験も何度かあります。第10回「連続作業時間について考える」で説明した作業ペースのコントロールの大切さは、仕事だけでなく趣味についても当てはまるのです。
日常的に体を動かしていますか?
上記2点とも重なることですが、仕事で座っている時間が長い人、特にコンピューター作業が多い人は、なるべく余暇の時間に全身を動かす機会を作ることが大切だと思います。現代人にありがちな運動不足の解消というだけでなく、運動はRSI対策としても大きな力を発揮します。ここでまた翻訳者の井口耕二さんの体験談をご紹介します。以前は肩こり、腰痛、手や腕、肩の痛み等に悩まされていたが今は快調という井口さん。最も効果が高かった対策は?という質問にこんな回答をいただきました。
井口さん体験談
特に効果が高かった対策は、なんといっても運動です。2013年の春から自転車(ロードバイク)に乗っていますが、日常的に運動するようになってから、肩こりなどの症状もまったく出なくなったし、パソコンに長時間向かっていても体の疲れを感じなくなりました。休憩時間さえ確保できないほど忙しいと運動もできないので、仕事量を調整して忙しすぎないようにしなければならないですが。
週に1回は自転車で外へ、100~150km走りに行きます。そのほか、週に4日ほど室内で1~1.5時間、ローラー台で走っています。心拍が最大心拍の80~90%ぐらいで走っていますから、時間は短いですが、かなりの高強度です。肩こりなどの症状がなくなったのは、運動で体中に血が巡るからだろうと思っています。また、体の疲れを感じなくなったのは、体幹が強くなった結果、座る姿勢が崩れなくなったからだと思っています。
自転車にしたのはおもしろそうだったからで、翻訳者仲間に勧められたのがきっかけです。運動不足解消策を過去にいくつかトライしていますが、運動のために運動するというのでは性格的に難しいらしく、いずれも長続きしませんでした。自転車は、実走で外を走るときは爽快です。また室内トレーニングについては、過去、休憩時間に寝転がってテレビを観ていたのが、いまはローラー台で自転車に乗りつつテレビを観ているという状態で、新たに時間を取る必要があまりないというのも大きいと思っています。
もちろん、RSI対策効果のある運動は自転車に限りません。私の場合は水泳が効果的でした。有酸素運動としても非常に効果的ですが、水の抵抗に逆らって腕全体を肩から大きく動かす動きは、腕や肩の軽い筋トレとしても役立ち、肩周りのストレッチ効果も高いので、一石二鳥、三鳥です。一時期は週に2?3回プールに通っていましたが、泳いだ後はいつも腕が軽くなったように感じます。他にもジョギング、サッカー、登山など、全身を動かし有酸素運動としての効果があるものならなんでも良し。趣味の項でダンスを挙げましたが、スポーツでなくても全身を動かす効果があるものなら良いので、例えば前述のダンスや犬の散歩、子供と一緒に遊ぶなど、オプションはいろいろあります。
ただし、仕事で酷使する筋肉にさらに負荷をかけるようなスポーツについては要注意です。テニス肘やゴルフ肘が腱鞘炎と並ぶ代表的なRSI疾患であることは連載第2回「『RSI』は、ひとつじゃない」で触れましたが、もちろんテニスやゴルフが原因で起きることもあり、仕事での負荷と重なると発症の可能性も高くなってしまいます。
ストレスを感じていますか?
私がRSI症状を自覚し始めた当時はまだRSIの認知度が低く、医師に相談したが「レントゲン撮影や血液検査しても何も問題が見つからないから、単にストレスから来る気の病だろう」と言われたという人もたくさんいました。さすがに今はこのような無理解を示す医師は少ないと思いますが、ではRSIとストレスは全く関係ないのか?というと、そうとも限らないのです。
ストレスは、脅威から身を守るための本能的な反応です。動物は、生命の危機を感じると敵と戦うかその場から逃げるという行動(闘争・逃避反応)を取りますが、そのどちらも瞬発力を必要とするため、体はストレスホルモンであるアドレナリンを分泌して、すぐに動けるように血圧を上げて筋肉を緊張させ、末梢血管を収縮させます。現代人が「戦うか逃げるか」という危機状況にさらされることは少ないですが、社会生活の中で起きる恐怖や不安に対しても、本能は同じように反応します。
本来は緊急事態に対する短時間の反応であるはずのストレス状態が長時間にわたって持続すると、心身に影響が出てきます。筋肉が持続的に緊張し、筋肉に血を運ぶ毛細血管が収縮した状態が続くと、酸欠状態の筋肉に老廃物が蓄積され、痛みや炎症を起こすことは、第10回「連続作業時間について考える」でも説明した通り。つまり、ストレス状態にある体は、RSIを発症しやすいのです。
そして、体の痛みはそれ自体がストレスの原因になります。ちょっとした動作が激痛を招くという恐怖、いつまで痛みが続くのかわからないという不安、仕事ができなくなったらどうしようという悩み、痛みのために寝付けないため起きる慢性的な睡眠不足などは、それ自体がストレスを起こす要因。ストレスが要因になって痛みが起き、痛みのせいでストレスがさらに悪化する…という悪循環になってしまうのです。
そのため、RSI対策にはストレス対策を取り入れることも重要です。第4回「あなたの筋肉疲労度は、どのレベル?」で、鎮痛剤を服用しながら仕事を続けてはいけないという話をしましたが、では鎮痛剤はどう使えばよいのかというと、この痛みとストレスの悪循環を断ち切る手段として有効なのです。痛みを抑えることでストレスレベルが減り、慢性的な緊張や不眠が緩和され、体組織の回復促進につながります。
また、ストレス発散・解消法は人それぞれ工夫していると思いますが、RSI対策という観点からは、深呼吸や脱力などのリラクゼーション手法、ヨガや太極拳、ストレッチや軽い運動など、体の緊張を解くことに重点を置いたストレス解消法が効果的です。
最後に
1年間にわたる連載で、RSIとは何か、どう対策すればよいかを説明してきましたが、最後にポイントをまとめておきます。
RSI対策のキーポイント
- 予防が肝心
本格的に発症してしまうと、治療を受けても治りにくく、治っても再発しやすい疾患です。症状が重くなる前に対策を始めてください。 - 鎮痛剤を服用しながら仕事しない
痛みは体が発するSOS、もう休めという合図です。痛みが辛くて薬を飲んだときは、仕事をやめて痛む箇所を休ませることを心がけてください。 - エルゴノミック製品はパズルのピース
エルゴノミックチェアやキーボードを導入したから対策は万全というわけではありません。単品で考えず、作業環境全体を総合的に見直して、体に負荷のかからない環境の構築を。 - 静的負荷、反復動作、連続時間という3つの要因に対策
エルゴノミック製品は静的負荷対策のツールですが、それだけでは不十分。省力化による反復動作削減や、定期休憩をはさんだ作業ペースのコントロールと併せることが大切です。 - 体に耳を傾ける
RSI対策の最大の鍵は、体の状態を折に触れて意識すること。痛みや凝り、疲れなど体が発しているサインをしっかり受け止めてすぐにきちんと対応することで、症状の悪化を防ぐことができます。