【連載 第12回】体の使い方を見直す
今回はコンピューターから離れて、「体の使い方」という観点からRSI対策を考えてみたいと思います。もちろんRSIの原因はコンピューターを使う作業なので、使用環境や作業のやり方に関する対策は必須ですが、仕事をしていない時を含めた体の使い方も、RSIに大きく影響します。
ストレッチのすすめ
第10回「連続作業時間について考える」でも触れた通り、コンピューター作業中に定期的に休憩を入れ作業ペースをしっかり管理することはRSI対策の要で、定期休憩の際にはストレッチ体操をすることが推奨されています。単にコンピューター作業を中断するだけでなくストレッチを取り入れることで、筋肉の緊張状態を効果的にリセットできます。この時に、肩や手など気になるところだけをストレッチするのではなく、できれば席を立って全身をストレッチすることをお勧めします。
また、仕事中だけに限る必要もありません。数時間座ってテレビを見たり、読書やゲームに夢中になったり、あるいは長時間の通勤など、日常生活の中ではずっと同じ姿勢で過ごす時間が意外に多いもの。その結果起きる筋肉の緊張、硬直状態をストレッチで解消することが、RSI予防にも貢献します。
ストレッチの際のポイント
ストレッチの際には以下の点に気をつけてください。
- 漫然と動作を行うのではなく、どの筋肉を伸ばそうとしているのか常に意識する
- 動作に反動をつけず、ストレッチを感じる位置で動きを止め、10~20秒保持する
- 無理をすると筋組織損傷の危険があるので、痛かったら無理に伸ばさない
- 凝りや張りを感じる箇所だけ伸ばすのではなく、その周辺の筋肉も含めて全身を左右均等にストレッチ
- 冷えを感じている時には体を温めてからストレッチする。特に風呂上がりは理想的なストレッチタイム
体幹の筋力強化
第6回「デスク&チェアを見直す」でワークステーションの各構成要素について考察した時に、姿勢が静的負荷を大きく左右することを説明しました。どこにも不自然な緊張のないニュートラルな姿勢を保つことがポイントですが、この「ニュートラルな姿勢」は、必ずしも「楽な姿勢」ではありません。
不自然な姿勢を矯正するには日頃使っていない筋肉を使う必要があり、むしろ最初はニュートラルな姿勢の方が負担が大きくて疲れるかもしれません。ニュートラルな姿勢を学ぶのと平行して、姿勢の維持に使う体幹の筋肉を鍛え、意識して使うようにすることで、正しい姿勢を楽に維持できるようになっていきます。
例えば、腰痛に悩む人は腹筋に怠け癖が付いていて背中側の腰回りの筋肉に余計な負担がかかっていることが多く、また、肩こりや肩周りの痛みは猫背の姿勢が原因であることが多く猫背矯正のために肩甲骨周辺の筋肉を引き締めることが重要。こうした筋肉に的を絞った体幹トレーニングが効果的です。
かっこいい体作りが目的ではなく筋力のバランスを取ることが目標なので、大きな負荷をかけてボディビルダーのような筋トレを行う必要はありません。なお、筋トレのエクササイズでは、やり方によって別の箇所に大きな負荷がかかる場合もあるため注意が必要です。
例えば肩甲骨周りの強化に役立つ腕立て伏せは、手首を圧迫するので手首にRSI症状がある人にはあまりお奨めできません。また腹筋運動の中には、背筋側に負荷がかかって腰を痛める危険があるエクササイズもありますので気をつけましょう。狙った筋肉に負荷がかかるよう意識しながら、正しいフォームでエクササイズを行うことが重要です。
コンピューター作業中の定期休憩で、ストレッチだけでなく軽い筋トレを取り入れるのも良いアイデアです。私は休憩の際に、道具なしでできる軽い筋トレ運動(クランチ、腕立て伏せ、プランク、スクワットなど)をストレッチと組み合わせています。また、ペットボトルをダンベル代わりにしたり、デスクや窓枠に寄りかかっての斜め腕立て伏せなど、会社勤務の人が職場で手軽にできる筋トレもあります。短時間で行う軽負荷エクササイズでは筋力強化はあまり期待できませんが、血行が促進されるので凝りや鈍痛の緩和効果があるほか、冬季には手や肩の冷え解消にも有効です。筋トレの後にストレッチすると、温まった筋肉を効果的にほぐすことができます。
体の使い方を意識するために
ニュートラルな姿勢を維持できるようになるには、体幹の筋力強化だけでなく、自分が日頃どのような姿勢をとっているかを自覚し、その上でニュートラルな姿勢を体に教え直す必要があります。
仕事をしている時の姿勢にかぎらず、立っている時、歩いている時、くつろいで座っている時など、生活全体を通して姿勢を見直し、どの筋肉を使って姿勢を支えているか、不自然な負荷が集中しているところはないか、体感的に自己チェックして修正できるようになることが重要です。このような体の使い方を学ぶために役立つ方法をいくつか紹介します。
アレクサンダー・テクニーク
アレクサンダー・テクニークは、オーストラリア人F.M.アレクサンダーにより創始されました。俳優だったアレクサンダーは、舞台に出ると声が出なくなってしまうトラブルを体験し、発声しようとした時に無意識のうちに体に起きる緊張が原因であることに気づきました。これがきっかけで体の使い方について考察を重ね、筋肉の不自然な緊張を解消し、より良い体の使い方を修得する技法を編み出しました。アレクサンダー・テクニークはいわゆるセラピーではなく、教師との一対一のレッスンを通して自分が体をどのように使っているかに気づき、習慣になっている癖から体を開放するという、体を通した学びのプロセスです。
教師との相性に左右される部分が大きく、私が試した時はあまり長続きしなかったのですが、座る、立ち上がるといった簡単な動作の中で体のどこに緊張が出るかを意識することができたのは大きな収穫でした。
●参考:日本アレクサンダーテクニーク協会(外部サイトにリンクします)
ロルフィング、ロルフ・ムーブメント、ヘラーワークなど
ロルフィングは、アメリカの生化学者アイダ・ロルフ博士が創始したボディワークセラピーです。ロルフは、体全体を包む筋膜が硬直・癒着すると体の力学的構造のバランスが崩れ痛みを引き起こすという理論にもとづき、筋膜に働きかける手技によって調和のとれた体に再統合するプログラムを確立しました。
このロルフィングを応用し、特に日常生活の中での体の動かし方に注目したプログラムがロルフ・ムーブメントです。また、ロルフの弟子ジョセフ・ヘラーが開発したヘラーワークは、ロルフィングをベースに心理的要素を重視した内容が特徴です。他にもシン・インテグレーション、ストラクチュラル・インテグレーションなど同系の流派が数多くありますが、いずれもマッサージのような手技の要素とバランスの再教育という学びの要素を組み合わせたプログラムになっています。
私が受けたのはヘラーワークで、転居のためプログラムを終えることができなかったのですが、手技、教育の両面とも効果が実感できました。ただし、人によってはかなり痛みがあったり、口や鼻にかける手技などには抵抗のある人も多いので、これも相性があるかもしれません。
●参考:日本ロルフィング協会 / Hellerwork International
(外部サイトにリンクします)
ピラティス
ピラティスはフィットネス・エクササイズとしてスポーツクラブなどでも人気がありますが、もともとはドイツ人従軍看護師ジョセフ・ピラティスが、寝たきりの傷病兵でもできるリハビリ治療法として開発した運動です。
骨盤底筋を使った深い呼吸法をベースに、体の中心部の深層筋を強化し、体の歪みを正す運動療法です。体幹強化、バランス向上に高い効果があるのでダンサーの間でまず広まり、セレブ御用達のエクササイズとなりました。ヨガマットを敷いた床の上で自重を利用して行うマット・ピラティスと、ジョセフ・ピラティスが考案した様々な器具を使うマシン・ピラティスがあります。グループクラスは場所を選ばないマット・ピラティスが主流ですが、バネの抵抗を利用するマシン・ピラティスは、マット式では鍛えにくい深層筋を効果的にトレーニングできます。
私はサルサダンスを踊っているので、ダンスのトレーニングを兼ねてしばらくマシン・ピラティスのスタジオに通っていたのですが、姿勢や体の使い方全般についても学ぶことが多く、RSIの改善にも役立ちました。
以上は私が実際に試したことがある方法ですが、体に負担のかからないニュートラルな姿勢を習得する手段としては、ヨガや気功・太極拳などもよく挙げられます。興味のあるものを実際に試してみて、自分に合った長く続けられる方法を選ぶと良いでしょう。