【連載 第2回】「RSI」は、ひとつじゃない
腱鞘炎とは限らない
前回書いたように、私は長年コンピューターが原因の痛みに悩まされてきましたが、腱鞘炎になったことはありません。では何の痛みだったのかというと、1990年代に診療を受けた時の診断は、上腕骨外側上顆炎(じょうわんこつがいそくじょうかえん)でした。ふりがな無しでは読めないような難しい名前ですが、通称「テニス肘」と言います。
「えっ?」と思った方もいるでしょうか。診断を聞いた時は私もそう思いました。なにせテニスなど生まれてから一度もやったことがありません。しかし、実はコンピューターが原因でテニス肘やゴルフ肘になる人は意外と多いのだそうです。
前腕には手首の曲げ伸ばしを行う筋肉が通っており、肘関節近くの内側と外側で骨に付着しているのですが、外側の付着部の炎症が上腕骨外側上顆炎(テニス肘)、内側の炎症が上腕骨内側上顆炎(ゴルフ肘)です。スポーツの負傷としてはテニスのバックハンドやゴルフのスイングで大きな負荷がかかった結果起きることが多いため、そういう通称がついています。
コンピューター作業ではテニスのストロークのような大きな衝撃はないものの、タイピングの際の細かい指の動きを支える筋肉はテニスやゴルフと同じ。長期間にわたってここに繰り返し負荷がかかることで炎症になるのです。

腱鞘炎とは何か?
では腱鞘炎とはどんな疾患なのかというと、これは名前の通り、腱を包む鞘(さや)状の組織である腱鞘の炎症のこと。腫れ上がった腱鞘が中を通る腱を締め付けるために、腱の動きが阻害されて起きる疾患です。腱鞘だけではなく腱の炎症を併発していることも多く、英国では腱炎の一種として扱うこともあります。
代表的な腱鞘炎疾患としては、ドケルバン病とばね指(弾発指)があります。ドケルバン病は親指の付け根部分にある腱鞘の炎症で、親指を動かすと手首の親指側に強い痛みがあります。
ばね指は指の骨についている腱鞘の炎症で、症状が進行すると指の曲げ伸ばしの際に腱が腱鞘に引っかかるようになり、指を伸ばそうとするとばね仕掛けのような動作になるためそう呼ばれています。重症では指を伸ばすことができなくなってしまうこともあります。

RSIの2つのタイプ:1型RSI
テニス肘・ゴルフ肘や腱鞘炎は、どれもRSI(Repetitive Strain Injuries)の一種です。RSIとは特定の疾患の名前ではなく、身体の一定箇所に繰り返し負荷がかかることで生じるさまざまな疾患の総称なのです。
RSIは1型と2型に分類されます。1型は、身体の特定の箇所に症状があり、検査などにより具体的な外科疾患の診断が可能なタイプです。1型RSIに分類される外科疾患は数多くありますが、以下に代表的な例を挙げます。
- 腱鞘炎(ドケルバン病、ばね指)…前述
- 上腕骨外側上顆炎(テニス肘)、上腕骨内側上顆炎(ゴルフ肘)…前述
- 手根管症候群:
手指の腱や神経、血管は、手首で手根管と呼ばれる管状の組織を通っていますが、この部分に炎症が起きた結果、神経が圧迫され指の痛みやしびれが生じる疾患です。5本の指のうち人差し指と中指から症状が始まることが多く、特に起床時にしびれや痛みが強く出る一方、小指は神経が手根管内を通らないため症状が出ないという特徴があります。 - 滑液包炎:
滑液包は関節の周囲にある液の入った袋状の組織で、関節が動く時に摩擦を減らすクッションの役割を果たしていますが、反復動作や圧迫によって負荷がかかると、炎症になって傷みや腫れを起こし、また場所によっては関節の動きを邪魔するようになります。コンピューターが原因の場合は、肩や肘、手首の関節で発症します。 - 胸郭出口症候群:
腕の神経や血管が鎖骨周辺で圧迫され、腕の痛みやしびれが生じる疾患です。生まれつきなで肩の骨格や、第7頸椎から肋骨が出ている頸肋という奇形が原因の場合もありますが、コンピューター作業による肩周辺の筋肉の緊張や不自然な姿勢が原因になることもあります。 - 変形性頸椎症・頸椎椎間板ヘルニア:
長時間首に負荷がかかった状態が続くと、頸椎の椎間板が変形し、頸椎を通る神経や脊髄を圧迫して痛みやしびれを起こすことがあります。頸椎の変形により生じた骨棘が圧迫を起こす変形性頸椎症や、椎間板そのものが突出して圧迫を起こす頸椎椎間板ヘルニアが代表的です。
RSIの2つのタイプ:2型RSI
一方、症状が特定箇所に限定されないタイプのRSIもあります。身体のあちこちが痛む、日によって痛む場所が変わっていく、全身の倦怠感を伴うといったケースで、検査で診断がつかない場合、2型RSIと分類しています。2型RSIは”Diffuse (びまん性)” RSIとか”Non-specific(非特異的)” RSIと呼ばれることもあります。
検査で明確な診断ができないため、不定愁訴やストレス、心身症の症状等として扱われてしまい、医師が真剣に取り合ってくれないことも多く、また、症状が繊維筋痛症、慢性疲労症候群(CFS)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の疾患と似ていて区別が難しいこともあり、診断・治療に困難を伴うこともしばしばです。
国による呼称の違い
なお、前回書いたように、RSIという言葉は正式な医学用語ではありません。では医療の世界ではRSIを何と呼んでいるのかというと、これは国によって違います。
私が働いていた英国では、”Work-Related Upper Limb Disorder(WRULD、職業性上肢障害)”が公式に使われている用語でしたが、他にもオーストラリアやニュージーランドでは”Occupational Overuse Syndrome(OOS、職業性過使用症候群)”、アメリカでは”Cumulative Trauma Disorder(CTD、累積外傷性障害)”等、さまざまな用語が使われています。ただし、1型RSIの場合には診断名としては個別の外科疾患名が使われるため、こうした用語を診断で使うのは、2型のRSIの場合に限られます。
また、1型・2型のRSIと腰痛や下肢障害を合わせた総称として、”Musculoskeletal Disorder(MSD、筋骨格系障害)”あるいは”Work-Related Musculoskeletal Disorder(WRMSD、職業性筋骨格系障害)”という言葉もよく使われています。
日本ではRSIの正式名称として、「頸肩腕障害」と「頸肩腕症候群」という2つの用語が使われています。一般的には、症状が非特異的な場合を頸肩腕症候群と呼び、腱鞘炎やテニス肘のように外科的な診断が可能な疾患の総称としては、頸肩腕障害という言葉を使うことが多いようです。頸肩腕障害は1型RSI、頸肩腕症候群は2型RSIに対応する用語ということになりますが、この使い分けに異論を唱える医師もいるようです。

◎英語で言うと…
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- 上腕骨外側上顆炎(テニス肘): Lateral epicondylitis (tennis elbow)
- 上腕骨内側上顆炎(ゴルフ肘): Medial epicondylitis (golfer’s elbow)
- 腱鞘炎: Tenosynovitis
- ばね指(弾発指): Trigger finger
- ドケルバン病: De Quervain’s disease (またはDe Quervain’s syndrome)
- 腱炎: Tendonitis (またはTendinitis)
- 手根管症候群: Carpal tunnel syndrome (CTS)
- 滑液包炎: Bursitis
- 胸郭出口症候群: Thoracic outlet syndrome
- 変形性頚椎症: Cervical spondylosis
- 頚椎椎間板ヘルニア: Cervical disc herniation
- 頸肩腕症候群: Cervicobrachial syndrome (またはCervico-omo-brachial syndrome)
- 頸肩腕障害: Cervicobrachial disorders
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今回は用語の説明で終わってしまいましたが、次回はRSIの原因や症状、治療や予後等について、詳しく説明していきたいと思います。