コンピューターで仕事をする人のためのRSI対策ガイド 【9】

コンピューターで仕事する人のためのRSI対策ガイド 肩こり、腱鞘炎、頸肩腕症候群…仕事を続けるために知っておきたいこと

【連載 第9回】キーボードとマウス(2)

前回に引き続き、今回もRSIの主要原因であるキーボードとマウスについて考えます。前回はキーボードやマウスの配置やデザインに起因する静的負荷について考察し、体に合った製品の選び方や配置についてのポイントを見ていきましたが、今回は反復動作(RSIという名称にも含まれている”Repetitive Strain”)による負荷に焦点を当てたいと思います。

エルゴノミック製品は反復動作対策にはならない

最初に念頭に置いて欲しいのが、体にかかる負担が少ないキーボードやマウスを導入して静的負荷を減らしても、反復動作の負荷は減らないということです。いくら体に合ったキーボードやマウスでも、毎日長時間入力を続ければ、やはり過労によるダメージは起きてしまいます。

というのは、コンピューター作業で使う手指は、もともと長時間の反復動作に耐えるようにはできていないのです。手の指には筋肉がなく、前腕と掌部分の筋肉が、細長い腱を使って糸操り人形のように指を動かしています。手根管や腱鞘という狭いトンネル状組織を通って指につながった腱を、主に前腕の筋肉による遠隔操作で操り、長い指を細やかに動かして自由自在に道具を使うことができるように進化したのが人間の手です。毎日何時間もキーボードやマウスの打鍵動作を繰り返すのは、手にとっては言わば設計仕様外の使い方。細い腱が過労のため炎症を起こしたり、圧迫や摩擦の発生によりトンネル内の腱の動きが阻害されて、RSI症状が出てしまうのです。

エルゴノミックキーボードとマウスで体に合った作業環境を整えたからもう大丈夫と安心せず、その使い方を徹底的に見直して反復動作の負荷を減らすことも、RSI防止、症状軽減のための重要なポイントになります。

反復動作を減らす工夫

まずはマウス対策から見ていきましょう。マウス作業は利き手の人差し指に負荷が極端に集中するためRSIにつながりやすく、コンピューターが原因で生じる腱鞘炎などのRSI症状を「マウス症候群」と呼ぶこともあるほどです。特にダブルクリックやドラッグ&ドロップは負荷が高い動作ですが、シングルクリックの繰り返しも回数が重なれば大きな負荷になります。そこで、まずマウスのクリック動作を減らし負荷を分散する方法を検討します。

多ボタンマウスの使用

標準的なマウスには左右のクリックボタンとスクロールホイールがついているのが一般的ですが、それに加えて側面にもボタンが並んでいるマウスもあり、よく使う操作を側面ボタンに割り当てることができます。ダブルクリックボタンやドラッグロックボタンを設定すれば、こうした動作の負荷を減らすと同時に、人差し指に集中しがちな負荷を他の指にも分担させることができます。ゲーミングマウスとして売られている製品には多ボタンマウスが多いので、これを仕事用に活用しているという人もいます。

多ボタンマウスの例:
多ボタンマウスの例
左:Microsoft Natural Wireless Laser Mouse (Wikimedia Commonsより。 By Biozinc)
右:Raptor M3 Gaming Mouse (Wikimedia Commonsより。 By Mr.checker)
※外部サイトにリンクします。

キーボードショートカット

ほとんどのOSやアプリケーションでは、よく使うメニュー項目にキーボードショートカットが割り当てられています。切り取りはCtrl+X、コピ―はCtrl+C、貼り付けはCtrl+V、全内容を選択するにはCtrl+A、入力内容を元に戻すにはCtrl+Z、など、多くのOS、アプリケーションで標準化されているショートカットも多いので、覚えて使えばメニューをクリックする回数を減らし、作業を両手複数の指に分担させることができます。また、キーボードショートカットをユーザーが自由に設定できるアプリケーションもあるので、使用頻度が高いメニュー項目にショートカットを割り当て、マウスを使わずにアクセスできるようカスタマイズすると、クリックによる負荷の一点集中解消に役立ちます。

Officeリボンメニューのカスタマイズ

よく使う機能がメニューの階層深くに隠れていて何度もクリックしないと出てこない場合は、メニューバー(リボン)をカスタマイズして1回のクリックでアクセスできるように設定することにより、クリックの回数を減らすことができます。キーボードショートカットのユーザー設定と併用し、仕事の手順で日常的に使う機能はなるべくキーボードショートカットまたはクリック1回で使えるように環境を整えれば、マウス作業の負荷が大幅に軽減できます。

マクロの利用

秀丸エディタ、ワード、エクセルなどのマクロ機能を活用した翻訳作業効率向上が、近年翻訳者の注目を浴びています。コンピューター作業中に頻繁に行う操作や入力を自動化する便利なマクロがいろいろ開発され、講習会や勉強会もさかんに開かれています。

マクロによる自動化・省力化について「2秒×1000回=30分」というスローガンがあります。ワードマクロ開発者の新田順也さんの言葉だったと思いますが、2秒でできるちょっとした作業でも、1日1000回繰り返しているならそれを自動化することで毎日30分が節約できる、というのです。この30分を翻訳作業に使えば1日の処理量を増やすことができる(=その分収入も増える)というのがマクロ利用の魅力ですが、ここで発想を変えて、マクロのメリットを処理量アップではなく仕事時間の短縮に生かしてみてはどうでしょうか。「2秒の作業」は数回のクリックやキーボード打鍵で構成されているわけですから、その自動化はそのまま反復動作の負荷低減にもなります。1日の処理ワード数は敢えて増やさず、マクロをRSI防止対策と考えて、節約した30分はマウスやキーボードを使わない「体のケア時間」として使うのです。

両手を使う

「マウス作業が原因でRSIの症状が出てきたので、マウスを左手(利き手ではない方の手)で使うようにしている」という話を時々聞きますが、私はこの対策はお勧めしていません。痛む右手を休ませるという効果はあるかもしれませんが、利き手ではない手は利き手に較べて筋肉が弱い上、細かい作業に慣れていないため筋肉の緊張も利き手より大きくなりがち。その分疲れやすいので、細かいマウス作業を続けていると、短期間で利き手と同じ症状が出てきてしまう危険があります。左右両方の手にRSIが発症した場合の辛さと不便さ、ストレスの高さは、片手だけの痛みの時とは比較になりません。

しかし、本格的な症状がまだ出ていないなら、RSI予防策としてマウス作業を両手に分散させるというアプローチは有効です。私は右手にマウス、左手にタッチパッドという環境で作業しています。ポインターの移動はマウス、画面のスクロールはタッチパッド、という分担にしていることが多いですが、作業によっても変わります。また、併用の選択肢としてはトラックボールも考えられます。好みや個人差もありますが、ポインターの移動にはマウスよりトラックボールの方が効率的で手に楽だと愛用している人も多いです。トラックボールにはボールを親指で操作するタイプ、人差指と中指で操作するタイプ、手のひらで操作するタイプがあり、人によって好みが分かれます。親指タイプは右手での操作を想定したデザインになっているので、左手で操作するなら人差し指タイプか手のひらタイプが良いでしょう。

タッチパッド、マウス、トラックボール
左:Apple Magic Trackpad (Wikimedia Commonsより。 By Fabian Rodriguez)
右上:Kensington Expert Mouse (Wikimedia Commonsより。 By Suimasentyottohensyuushimasuyo)
右下:Logitech Trackball (Wikimedia Commonsより。 By User:Langec)
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自動クリックソフト

移動はマウス、スクロールはタッチパッドと書きましたが、クリックはどちらでやっているのかというと、RSIGuardというソフト(次回詳しく紹介します)に入っているオートクリック機能を使い、ハンズフリーで行っています。クリックしたいところにポインターを置くと、一呼吸置いたタイミングでその場所をシングルクリックしてくれるこの機能、慣れるまでは誤クリックしがちで戸惑うこともありますが、使い方に慣れるとマウス作業の負荷解消に大きな効果を発揮します。キーボードショートカット(ホットキー)を設定すれば、ダブルクリック、右クリック等の操作もクリックなしでできます。

タイピングの削減

文章を書く作業が中心になる仕事では、タイピングによる負荷も相当なもの。同じ表現や文を何度も入力することが多い場合は、使用アプリケーションで用意されている省力化機能を活用しましょう。例えば、

  • 入力履歴データを使った予測入力
  • 定形表現に読みをつけて辞書登録
  • 短文を書式も含めて文書パーツとして登録

といった方法があります。

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翻訳支援ツールでRSI対策?

翻訳者の多くにとっておなじみの翻訳支援ツール(翻訳メモリー)。20年ほど前に登場して以来、翻訳会社でプロジェクト管理における省力化、コスト節約ツールとして積極的に採用され、今ではTrados指定が当然の常識になっている分野もあります。しかし翻訳支援ツールは、もともとは翻訳者のための省力化、作業効率向上ツールとして売り出された製品でした。「既存訳の再利用で翻訳作業をスピードアップし、処理量を増やせば収入が上がり、高いツールでも簡単に元が取れる」という期待があったのです。翻訳会社での導入が進むとマッチ率に応じて単価を細かく設定するファジーマッチ割引制度が普及し、「ツール導入→収入増」という図式は過去のものになってしまいましたが…。

しかし、翻訳支援ツールのメリットを「1日に処理できるワード数アップ」ではなく「翻訳作業の反復動作削減」に利用し、仕事のスピードアップで浮いた時間を体のケアに充てることができれば、マクロと同じく潜在的なRSI対策ツールとしての利用価値が出てきます。処理量アップを当然の前提としているファジーマッチ割引制度下ではなかなか実現が難しいアプローチではありますが、ツール使用が指定されていない案件や割引が設定されていない案件では、検討の価値があるかもしれません。

今回のキーポイント:
マウスとキーボードの使い方を多角的に見直してコンピューター作業を効率化・省力化すればRSI対策にも有効

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