【連載 第8回】キーボードとマウス(1)
デスクとチェアに続いて、今度はワークステーションの構成要素のうちキーボードとマウスに注目してみたいと思います。RSIの原因として最初に思い浮かぶのがこの2つではないでしょうか。「どんな製品を使っていますか?」「おすすめの製品はありますか?」といった質問もよく受けます。しかし例によって、まずは基本的な考え方から確認していきましょう。
連載第4回「あなたの筋肉疲労度は、どのレベル?」で説明した通り、RSIの原因となる筋肉疲労には以下の3つの側面があります。それぞれの側面について、数回に分けて詳しく考えていきます。
- 静的負荷(筋肉の緊張の持続)
- 反復動作(細かい動作の繰り返し)
- 連続時間(筋肉が緊張している時間の長さ)
静的負荷を減らす工夫
連載第6回「デスク&チェアを見直す」で、ニュートラルなキーボード入力姿勢について触れました。ここでもう一度確認してみましょう。
◎キーボード入力姿勢についての5つのチェック
- 肩が上がっていないこと
- 上腕は胴に沿っていること
- 肘の角度は直角または少し開き気味であること
- 前腕は水平か、手の方が少し下がり気味であること
- 手首がほぼ真っすぐな状態であること
5つの項目がありますが、ポイントは腕の力を完全に抜いた状態(下の写真左)から肘だけを曲げて腿の上に手を置いた時の、腕の筋肉がどこも緊張していない状態(下の写真右)にできるだけ近い状態を作ることです。

腕の長さや座高にもよりますが、おそらく5項目すべてを満たすには、通常の感覚よりかなりデスクを低めにし(または椅子を高くし)、キーボードは通常より体に寄せてデスクの端近くに置くことになると思います。
しかし実際には、5項目すべてを満たしたキーボード入力姿勢を確保しても、いざ入力しようとホームポジションに指を置くと、それだけでニュートラルな状態が損なわれ、手や腕の筋肉の緊張が生じてしまいます。
というのは、下の左側の写真でもわかる通り、腕をだらりと下げて脱力した状態から肘だけを曲げると、自然に親指が上になって両手のひらが向き合った状態になるのですが、キーボードに指を置くためには手を内側に回転させて手のひらを下に向けなくてはならず、そのために自然に筋肉の緊張が起きてしまうのです。
さらに、それぞれの指をキーの上に置く際に手首を起点に横に手を広げるためのひねりと伸長、指を手首より高い位置に持ち上げるための手首の屈曲も、その上に加わります(下の写真右)。
エルゴノミックキーボード
こうした問題を解決する手段として、キーボードメーカーでは人間工学(エルゴノミクス)にもとづいて指や腕にかかる負担を減らすよう設計された「エルゴノミックキーボード」と呼ばれる製品を出しています。知名度が高いのはマイクロソフトの「ナチュラルキーボード」シリーズで、1990年代後半に発売されて以来、何度かモデルチェンジしながら続いていますが、それに先駆けてエルゴノミックキーボードの先鞭をつけたのは、マルトロン(Maltron)やキネシス(Kinesis)等の専門メーカーでした。
エルゴノミックキーボードの主な特徴は、左右の端が低く中央部が高い山型カーブを描いた立体形状と、文字キーの並びを左右に振り分けて中央部にギャップをつくってあることです。どちらもひねりを軽減し、静的負荷を減らす効果があります。
また、左右が物理的に分かれるタイプの製品もあります。上の部分がつながっていて扇状に開きます。代表格はゴールドタッチ(Goldtouch)の製品。今はエルゴノミックキーボードを作っていないアップルも、以前は左右が分かれるタイプのキーボードを出していたことがあります。日本の製品ではマイクロトロン(µTRON)キーボードがこのタイプです。
このタイプのキーボードでは左右の開きのアングルを自由に決めることができるので、各自の体に合わせやすいのが長所。またゴールドタッチの場合は中央を山型に高くするアングルも自由に調節できます。
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1. マイクロソフトナチュラルキーボード
(Wikimedia Commonsより。 By DraugTheWhopper)
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ただし、エルゴノミックキーボードが誰にとっても理想的というわけではありません。翻訳者の井口耕二さんと高橋さきのさんのコメントを見てみましょう。
井口さん談:
肩幅が広い男性の場合、通常の直線的なキーボードを打つと、手首を曲げるかひじを体の前に出すかすることになります。この姿勢は、いずれも、腕から肩にかけて疲労をためるものです。ハの字型をしたエルゴノミックキーボードなら、肩の真下にたらした自然なひじの位置で手首をまっすぐにしてキーボードが使えます。高橋さん談:
東プレリアルフォースキーボードを使用しています。エルゴノミックキーボードは肩幅が足りず合いませんでした。
肩幅、手の大きさ、指の長さは人により違うので、いくら人間工学にもとづいて作ってあっても、ひとつのサイズでどんな人にもぴったりというわけにはいかないのです。実は私も会社勤務時代に、愛用しているという男性同僚のものを借りて試したことがあるのですが、やはり私には大きすぎる印象で、またキーボードが全体に高くなりすぎて楽な姿勢を取れなくなってしまい、かえって疲れるので断念したという経緯があります。
エルゴノミックキーボードにもいろいろあるので、店頭にサンプルのある店に行くか、知人にユーザーがいれば試させてもらうなど、実物に触って確かめてみるのが良いでしょう。レイアウトやサイズの他にもキーの重さやストロークの長さなど、自分にとって入力しやすいかどうかは、実際に使ってみないとなかなかわからないものです。
キーボードの傾斜
一般販売されているキーボードでは、ほとんどの場合奥(モニターに近い側)に足がついていて、手前が低く奥が高い傾斜をつけて使うようになっていますが、これだとどうしても手首を上にひねる格好になってしまいがち。逆に手前を高くした逆傾斜の方が、手首の自然なラインを保てるので楽です。
前回デスクの高さについて考えた時に、デスクが高すぎる場合の調整方法としてデスク下にキーボードトレイを取り付けるというアイデアに触れました。キーボードトレイにもいろいろなデザインがありますが、角度の調節ができる製品であれば、これを使ってキーボードを逆傾斜させることもできます。
キーボードトレイでキーボードを逆傾斜
(Professor Alan Hedge 作成画像を編集)
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マイクロソフトのエルゴノミックキーボードでは、キーボード手前側を高くするためのパームリフトというパーツがついているものがあります。また、他のキーボードでも手前側だけ下に物を挟んで高さを上げ、その手前に高さを合わせたパームレストを置けば、パームリフトと同じ効果が得られます。
ひとつ注意して欲しいのは、デスクに置いたキーボードの手前側を上げて逆傾斜させる場合に、キーボード全体が高くなりすぎないようにすること。逆傾斜状態で前述のニュートラルなキーボード入力姿勢を確保できる高さにする必要があるため、手前を上げる幅の分だけデスクは低めに調整しておく必要があるわけです。キーボードトレイを使う場合はデスクの下に取り付けるため、高さは自然に低めになると思いますが、あまり低いと今度は座る邪魔になってしまうので、うまく調節してちょうど良い高さを見つけてください。
マウスと静的負荷
次に、マウスについても考えてみましょう。マウスに関連して生じる静的負荷の原因としてまず考えたいのがマウスの置き場所です。
体から遠ければ遠いほど腕を伸ばした状態で使わなければならなくなり、その姿勢を保つための負荷がかかります。肘が胴の脇にくる状態でマウスにすっと手を置くことができるのが理想なのですが、たいていの場合そこにはキーボードがあるため、キーボードの横に置くことになります。その際邪魔になるのがキーボードのテンキー部で、文字キーエリアの右側に張り出したテンキーパッドのさらに右に置いたマウスは、体からはかなり遠くなってしまいます。テンキーパッドが別売りになっているタイプのキーボードもあるので、そちらをお勧めします。
テンキーのないキーボードの例
静的負荷の原因としてもうひとつ、画面上の文字を読むなどマウスを使っていない時も、ずっとマウスを握りしめたままという人がいます。自分では気づかない癖になっていることもしばしば。使わない時には手を離して休める習慣をつけましょう。
キーボードと同様マウスも、手をニュートラルなポジションに保ったまま操作できるエルゴノミックマウスが複数メーカーから出ています。中には縦型マウス(vertical mouse)と呼ばれる、クリックボタンが側面についている設計のものもあります。
マウスが手の大きさに合っているかどうかもポイントです。マウスが大きすぎるとクリックする時の負荷が大きくなります。製品によってボタンの重さもかなり異なるので、手に馴染んで使いやすい製品かどうか、実物を触って確認するのがいちばんです。
縦型マウス(Wikimedia Commonsより。 By Ilya Plekhanov)
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社内勤務で働く人の場合、デスクやチェアについては自分に合ったものを選ぶ自由はないかもしれませんが、キーボードやマウスなど持ち運びできるサイズの物は、個人所有品を持ち込むことが可能かもしれません。キーボードやマウスを変えただけで気になっていた痛みがなくなったという経験談もよく聞きます。
井口耕二さんからはこんなコメントも。
井口さん談:
マウスは、ずいぶんたくさん試して選んでいます。試すというのは触ってみる、ではなく、買って使ってみる、まで含めてです。設定などまで試すには買うしかないので。マウスにかぎらず、あれこれトライするのにかなりのお金を使っていますが、無理なく仕事を続けていくための投資だと思っています。
今回のキーポイント:
「エルゴノミック製品」も体に合わなければ逆効果。なるべく実際に触ってみて選ぶことが大切。
次回はキーボード・マウス入力の反復動作を減らす工夫について考えていきます。